皆様方には日頃より、PTA活動にご理解、ご協力いただき、ありがとうございます。昨年度に引き続き、PTA会長をさせていただきます武田 親と申します。どうぞ、よろしくお願いいたします。ある日の朝、時計代わりにつけているテレビの番組で「毎日嫌がらせ弁当」という映画の宣伝を目にしたからか、作り終えて冷ましたお弁当の蓋を閉めようとした時、ふと手が止まりました。「これは一体誰のためのお弁当なんだろうか」と。それは疑うことなく、娘のためのものなのですが、なぜかしばらく考えていました。自分のためのものでなく、また、仕事でもなく、賃金が発生するわけでもない、時にまた手抜きだったと小言を言われることもあり、たまにこったものを作っても特に感謝されることもなく・・・。それでも毎朝、誰よりも早く起きて、お弁当を作り、その子がこの蓋を開けた時の顔を思い浮かべながら作る。今この瞬間にも同じようにしている人がいると思うと頑張ろうという気持ちになります。世の中の親はえらいなとしみじみ思うと同時に、遠くに住む子を思い、してやりたくてもできず、ただただ祈る親の気持ちも愛なのだと親というものはありがたいものだと心に沁みました。けれども、私たち親は、感謝してほしいと思ってしているわけではないのです。もし、自分だけのためのものであったならば、続けられていなかったかもしれません。まだ若かりし頃、あなたも子どもを持ったらわかると母に言われていたことが、子育てをする日々の中で、当たり前のようにしてもらっていたことがどれだけありがたいものであったのかと思い起こすことがあります。感謝とは人に言われて出来るものではなく、何気なく過ごす日常の中で心から自然に湧いてくるものではないかと思ったりします。また、子どもは3歳までにこれからするであろう親孝行を全てすませるのだそうです。ということは、時にする親子喧嘩や全てわかっているような口ごたえも、腹立たしいと思うことも、何を聞いても「めんどくさい」「普通」「はいはい」と手応えのない返事をされたとしても、たとえ思ったように育ってくれなくても、親不孝期間中ならば当然かなと、どこか落とし所を見つけられた気がします。それでも、今は大きく成長した子どもの寝顔や時折見せるふとした表情や笑顔に幼い頃の面影を見つけると、優しい気持ちになれたり、もやもやした気持ちも帳消しになってしまいます。それだけ3歳までにしてくれた親孝行が愛おしく大切なものだったのでしょう。今にして思えば、もっと堪能しておけばよかったと悔やむこともあり、あの頃はあんなに可愛かったのになと思うこともあります。たとえ、心の中で文句を言うことがあったとしても、いくつになっても子どもの可愛さは不変です。自分のことなら耐えることができたとしても、子供の身の上に起きた苦しみや悲しみは耐え難いものがあります。前面に押し出て行き、守ってやりたくても、それをすることもできず、祈ることしかできず、辛く苦しいこともあるかもしれません。そんな時、決して一人で抱えることなく、相談できる場所のひとつとして、市呉のPTAがあることを思い出してもらえるように、皆様一人一人の気持ちに寄り添う、そういう場所であることを心に留めています。同じ年頃の子どもを同じ学校に通わせるというご縁で私たちは繋がっています。このご縁を大切にして、子どもたちの健やかな成長を願い、教え育んでいくという同じ志を持つチームとして、たとえそれが今でなくても、この先に市呉でよかったと思っていただけるように尽力していく気持ちを忘れずにいます。PTAとしての関わり方は色々な形があります。できることならば、たくさんの方にPTA活動に参加していただき、多感な時期の子どもと向き合っている仲間として、笑顔と言葉を交わし、今この瞬間も子どものためにと頑張っているのは自分一人ではないと思える、そんな出会いの場にしてもらえたらいいなと思っています。子どもたちが選んだ市呉を皆様にも好きになっていただけますように、そして、ここにたくさんの笑顔が溢れますようにと願っています。

 一年間、どうぞ、よろしくお願いいたします。

 

 

 

令和元年7月

PTA会長 武田 親